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東方海恵堂~Marine Benefit./海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea./海探抄/迷いあやかし"缠"

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< 迷いあやかし之二   海探抄 

「あいたた………」

 衣も身体も割とボロボロになった件如さんに、春慶さんと鈴竹さんが介抱をする。

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「心配せんでも、ただ怪我をしておるだけじゃ。それと久々に身体を動かしたせいか色々と身体がきしんでおるのかの?」

「年寄りみたいなことを言わないでくださいよ」

「はい、湿布です」

 なんだかんだでこの謎の女性………"不聞 件如"さんとのよくわからない手合わせが終了して、私と春慶さん以外にも、海の姉妹の皆さんが大客間に集合しています。これを言うと色々と危ない気もしますが、件如さんの介抱のため、件如さんは迷いなく着物を脱いで一糸まとわぬ状態となってしまって、同性の私ですがなんだか目を合わせられずに戸惑っています。

「巫女も初心じゃの」

「いいですからっ!とりあえず着物を着てください」


………


「さて、紹介が遅れたの。わしは"不聞 件如"。知る者も多い妖怪"件"の腐れじゃ」

「くだん?」

「そいつぁまた…春慶、お前随分と厄介なのを匿っていたんでやんすな?」

「はいはい怒らない怒らない。私だって半分は好きで匿ってたわけじゃないんだから」

「半分は悪意でやんすか?」

「 素敵なお姉様ねー」 「かっこいいお姉様ね~」


豪放磊落(ごうほうらいらく)の迷いくだん 不聞 件如/Fubun Kenjo


 "件"といえば、妖怪の事に疎い私でも知っています。なんでも大きな厄災を告げるために現れる妖怪だとか。

「件とは、人間の文化にも根付いた大妖怪でやんすね。古い時代には文章の末筆で引用される事もあった程に有名でやんす」

「そんな有名な妖怪がどうしてここに………?それに、それだけ強い妖怪が、私のような人間相手にどうしてこれほどの怪我を?」

「それは仕方があるまい。なにせ今のわしは"件の腐れ"じゃ。件としての能力の半分を抹消されてしもうては、そこらの妖怪とあんまり変わらんからの」

「能力を抹消………?」


「あっ、ようやく解決したんだね」


 件如さんの話に疑問符を浮かべていると、景色が歪んで、何処からともなく乙姫様が現れて、いつものように気さくな一言を掛けてきた。

「来おったな、この生意気姫めが」

 そんな乙姫様の姿を見るや否や、件如さんが乙姫様に吠えてかかった。

「んー?なんのことかなー?」

「透かしおってからに。わしの能力から死の因果を断ち切ったのはお主じゃろ?」

「ンフフ…やっぱり貴女は気付いてたんだ」

 私や海の姉妹の皆さんをよそに、乙姫様と件如さんが口論を交わす。乙姫様は飄々と、対する件如さんは敵意と素肌をむき出しで相対しています。

「あ、あのっ!お二人は知り合いなのですか?」

 話のつかめない私は、慌てて間に入って質問を投げかける。その質問に、ふらりとした返事で乙姫様が答えた。

「ううん、私が一方的に知ってるだけだよ。この件如は、向こうの海恵堂…幻想郷の海恵堂で物見遊山のふりをして屋敷を荒らし回ってたんだ」

 乙姫様の返事に、件如さんが反論をする。

「人聞きが悪いのう。わしはただ観光に来ただけじゃて」

 件如さんは腕を組んで自信ありげにそう答えた。けれど、件如さんの表情は不服とか自信とかそういう感じではなく、どこか…そう、いたずらに見えます。そして、そんな私の感覚を知ってか知らずか、乙姫様は件如さんの反論を手払いであしらう。

「あーはいはい。それで、仕方ないから私がこっちの海恵堂に引きずり込んで、これ以上悪さが出来ないように能力を制限したのよ」

 乙姫様の話を聞くと、確実に件如さんが悪者ですが。と、そんな事を考えながら件如さんの方を見る。一方件如さんは、乙姫様の言葉にうろたえることもなく、自信ありげに反論を述べた。

「鵜呑みにしてはならんぞ人間よ。わしは深海の竜宮城が珍しいからと立ち寄っただけじゃ。まぁ………その、門番達と"少しじゃれあい"はしたが…」

 ただし、付け足しの言葉を話す件如さんは、私と目を合わせてはくれませんでした。

「はぁ………まあ件如さんの悪事についてはわかったとして、でも件って強い妖怪だと思うのですが、どうして件如さんはこんなに弱い…というか何とも言えないのでしょう?」

 宿祢さんのように手加減をしていて、判定で勝ったような試合ではなく、件如さんは私が発令した綿津見様の攻撃で、物理的に満身創痍になっている。今までの恩情で勝った試合とは違う、純粋に私と綿津見様の力で勝利した。件相手にそれができるのは自信にもつながりますが、その反面順調すぎる違和感も感じています。

「それはそこの乙姫の仕業じゃて。わしから能力の因果を切ったお陰で、わしは本来の能力相当の力を発揮することが出来んからの。神の力に耐えうる剛健さも持ってはおらんから、こうしてズタボロという訳じゃて、ふぃー」

「は、はぁ…」

 件如さんの理由を聞いて納得はした。けれど「それでいてどうして私に挑んできたか?」という疑問は浮かんできましたけど、話を終えて客間のソファにもたれる件如さんを見ていると、野暮な質問をするのも申し訳なく感じて、私は口を開くのをやめました。


………


 結局、京雅さんたちと話をした結果、京雅さんが依頼してきた隠された大妖怪の張本人は件如さんだと言う結論になった。

「春慶、お前も随分と厄介なものを秘匿していたんでやすね?姉に隠し事をするのはいけませんぜ?」

「だから、半分は悪意だけどもう半分は命令なのよ。乙姫様が"あなたの能力で彼女を隠してやってよ"って気軽に言ってくれたから……」

「うん、言ったよ」

「乙姫様…そんなあっさりと………」

 事のからくりはこうでした。

 まず、この海恵堂を建立するにあたって、乙姫様や海琴様が今までいた幻想の海恵堂から誰かを連れてこようと乙姫様は考えた。そして、ちょうどその時に海恵堂へ”遊びに来ていた”件如さんを、能力を制限するというおまけ付きで乙姫様がこちらの世界に引っ張り出した。そして海恵堂は今の場所に建立され、件如さんは訳も分からないまま最初の住人になってしまっていた。

「でも、どうして春慶さんが隠せると?」

「…お前、自分の担当する大客間の波長を常に弄っていたでやんすな?耳に聞こえる音も、肌に感じる空気の揺らぎも、それらを波長と捉えて常に操作する」

「まあね」

 また、春慶さんと京雅さんが目を合わせて睨みあう。少し前にも見た、喧嘩とか殺し合いでもしそうなあの視線の攻防です。しかし、一応件如さんと春慶さんの事は分かったのですが…

「…乙姫様、一歩間違えれば誘拐ですよね?」

「誘拐っていうのは管理者がいる者を指すよ?彼女自身が自分の管理者なんだから。誘拐とは言わないよ?むしろ誘拐って言うか…妖怪?なんちゃって」

「肌寒い冗談はよしてください。それに誘拐ってそんな言葉でしたっけ?」

 私の質問に、乙姫様は答えてはくれませんでした。その表情はいい笑顔でした。


「しかし巫女様。この件殿はどうしやすかえ?」

 私と乙姫様が会話をしていると京雅さんが間に入って話をしてきた。

「と言いますと?」

「あっしが巫女様に任せた相談はこれで終了でやんす。しかし、この件殿は我々にとっては一応侵入者…そうなればその処遇は御母様か、または巫女様に判断を委ねやす」

「件如さんの………」

 そう言って、私はもたれている件如さんを見る。その様子に気づいた件如さんは手をひらひらとさせて

「あぁ、わしのことならどうとでもしてよい。出てゆけと言われればそれに従うまでじゃ。居心地の良いこの宮殿を手放すのは名残惜しいが、まぁ野良妖怪として過ごすのも悪くはなかろうて」

「うーん…」

 件如さんの呑気な返事に、私は戸惑っていました。そして、しばらく首を傾げつつ悩んで私は結論を出す。

「…わかりました。それなら件如さんはここに居てもらいましょう」

「ほう?それはまた寛大じゃな?どういう心意気じゃ?」

「許すとか、そういうことじゃありません。ただ、曲がりなりにも件如さんは件ですし、このまま外に出してしまっては地上が危険になるのではと思ったんです」

 それは、海琴様が私の両親にも説明をしたこと。現世に建てられた海恵堂は、人間の生活には関わらない。それは返して言うのなら、妖怪が人間に影響を与えないようにする事も含みます。それならば、ここで件如さんを…凶報を知らせる件を野放しにするのは、人間にとって危険だと考えます。だから

「だから、件如さんにはここに居てもらいます。ここで何をするかは…そうですね、追々考えましょう」

「そうかえ?それなら巫女殿の決定に従うしかできんのう」

「皆さんは、それでいいですか?」

  振り返って、一堂に会している海の姉妹と乙姫様に尋ねる。その言葉に乙姫様は特に何を言うでもなく首を縦に振って、海の姉妹たちは…

「ま、巫女様がそうおっしゃるんでしたら、あっしらは従うまででやんすねぇ」

「それじゃあ、件如さんも含めてお茶とお菓子の時間にしましょうか」

「あ、春慶お姉私も手伝います!」

「あたしも手伝うしっ!ほらっ、すいめいもあやおりもっ!」

「 はーい」 「は~い」

 と、早々に小さな歓迎会の準備を始めた。私も巫女として姉妹の皆さんと一緒に準備を始めて、新たに増えた海恵堂の住人を歓待しました。


………


「…それで、どうしてわしをここに呼び寄せたんじゃ?」

「九頭竜の事はともかくあなたに関してはただの悪戯よ」

「本当に他人の迷惑なぞお構いなしじゃの、この生意気姫は」

「でも、少なくともあなたなら現世の妖怪には負けないでしょう?」

「………ふぅむ」

「それと、私一つ面白いことを思いついたのよ」

「あまり聞きたくないが、なんじゃ?」

「あのね、私のお友達で……っていう事なんだけど?」

「おぬし、本当に考えることが悪辣じゃの。それ、本気で考えておるのか?」

「んふふ、それが本気でも冗談でも、あなたにそれを止める手段は……ないけどね♪」

「はぁ………それをわしに伝えたということは、わしにも何かをやれということかえ?」

「それはあなたに任せるわ。計画に重大な支障が出ない限り、あなたは何をやってもいいからね」

「…こう言ってはなんじゃが、お前の界隈は黒幕役がよく似合っておるのう」

「誉め言葉、ありがとうね」




海恵堂異聞:Migration to the conceptual sea. ANOTHER STAGE "迷いあやかし" ALL CLEAR!!